高齢者の手を包み込むように守る若い手。背景に家の影と法律書

認知症の親を狙う不動産詐欺——敵は外にも内にもいる

不動産実務 2026.04.12 公開
#認知症 #不動産詐欺 #成年後見制度 #家族信託 #高齢者保護 #持分売買

この記事でわかること

Q. 認知症の親が不動産詐欺に遭うパターンにはどんなものがありますか?
A. 大きく分けて二つあります。第一に、外部の第三者による詐欺です。判断能力の低下した高齢者に不要な契約を結ばせたり、持分を不当に安く買い取ったりする手口があります。第二に、身内による搾取です。金銭的に困窮した親族が、認知症の高齢者を誘導して財産を移転させたり、本人名義で訴訟を起こさせたりするケースがあります。後者は表面化しにくく、発覚時にはすでに取り返しがつかないことが多いです。
Q. 成年後見制度と家族信託の違いは何ですか?
A. 成年後見制度は、判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選任する制度です。法的な保護力が強い反面、手続きに時間がかかり、後見人への報酬が発生します。一方、家族信託は判断能力があるうちに本人が信頼できる家族に財産管理を委託する仕組みです。柔軟な運用が可能で裁判所の関与が不要ですが、本人の判断能力が低下した後では設定できません。理想的には、元気なうちに家族信託を設定し、万が一のために成年後見制度の利用も視野に入れておくことです。
Q. 親が認知症になった場合、不動産は売却できますか?
A. 原則として、認知症で判断能力がないと判断された場合、本人名義の不動産売却はできません。売却するには成年後見人の選任が必要で、さらに居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要です。許可が下りるまでに数か月かかることもあり、急を要する場合に間に合わないリスクがあります。だからこそ、判断能力があるうちに家族信託や任意後見契約を結んでおくことが重要です。

「親が認知症になりかけている」と気づいたら

親の物忘れが目立ってきた。家に知らない営業マンが出入りしている。預金が動いた形跡がある。兄弟の誰かが急に親に近づき始めた。

——もしひとつでも当てはまるなら、この記事は「いま」読むべき内容です。

不動産詐欺の被害は、認知症が「軽度」と呼ばれる段階で最も多く発生します。本人にはまだ判断能力があるように見え、家族も「まさか騙されない」と油断する。一方で、外部の業者や、身内の誰かは、本人の認知の揺らぎに気づいています。気づかれていないと思っているのは、家族だけです。

この記事では、宅建士として実際に見聞きした 二つの実話(外部からの持分詐欺と、身内による訴訟操作)を起点に、子世代が「いま」取れる具体策を整理します。先に結論だけ知りたい人のために、要点を最初に示します。

この記事の要点(3分で読める版)

  • 認知症になってからでは遅い。家族信託も任意後見契約も、本人に判断能力があるうちでなければ設定できない
  • 身内のほうが詐欺師より危険。高齢者虐待の加害者は約65%が同居家族。外部の詐欺は防げるが、身内は防ぎにくい
  • いま動くべき3つ: ①金銭管理の可視化(通帳・印鑑の在りかを兄弟で共有)、②家族信託 or 任意後見の検討(判断能力があるうちに)、③不動産取引には宅建士の重要事項説明を必ず受ける

以下、二つの実話とともに「なぜそうなるのか」「どう備えるか」を順に解説します。

全預金を失った高齢者

2026年、ある高齢者が築35年のマンションの持分を巡る取引で、全預金を失った。

手口はこうだ。認知症の症状がある高齢者に近づき、持分の売買契約を結ばせる。本人は契約内容を理解していない。気づいたときには、預金は全額引き出されていた。

この事件が報じられたとき、多くの人は「騙されるほうも悪い」と思ったかもしれない。だが、認知症の人間に「気をつけろ」と言っても意味がない。判断能力が失われているからこそ、認知症なのだ。

問題は、誰が守るのかということだ。

そして、もう一つ。この事件の「敵」は外部の詐欺師だった。だが、敵は外にだけいるわけではない。

身内が敵になるとき

ある家族の話をする。

地方の観光地で高級旅館を営む男がいた。旅館は父親の資金と指示で建てたもので、男は長年にわたって運営を任されていた。

問題は、男の兄だった。

兄は散財癖がひどかった。借金を作っては父親に泣きつき、金の工面を頼むことを繰り返していた。父親が元気なうちは、それでも家族の中で収まっていた。

だが、父親が認知症を発症してから、状況は一変した。

金がなくなった兄は、弟に旅館を譲るよう迫った。弟は断った。当然だ。自分が何年もかけて運営してきた旅館だ。

すると兄は、認知症の父親をそそのかして、弟を訴えさせた。

裁判の詳細は分からない。だが、構図は明らかだ。判断能力を失った父親を操り、法律を使って弟から財産を奪おうとした。

裁判中に父親は亡くなった。実家に戻った弟を、兄は家に入れなかった。

これは外部の詐欺師による犯行ではない。家族の内部で起きた搾取だ。

なぜ身内の搾取は防ぎにくいのか

外部の詐欺であれば、第三者が介入する余地がある。銀行の窓口で不審な送金を止められることもある。不動産取引であれば、宅建士が重要事項説明の段階で本人の判断能力を確認することもできる。

だが、身内の場合はそうはいかない。

家族は本人の生活圏に日常的にアクセスできる。銀行口座の暗証番号を知っている。通帳の保管場所も分かっている。何より、本人が「家族だから」と信用する。

旅館の事例では、兄は父親を「訴訟の原告」に仕立て上げた。認知症の本人が自分の意思で訴訟を起こしたのか、兄に操られたのか——法的にはその区別が極めて難しい。

内閣府の調査によれば、高齢者虐待の加害者の約40%は息子だ。配偶者を含めると約65%が同居の家族である。高齢者を搾取する「敵」は、圧倒的に身内に多い。

認知症になってからでは遅い

冒頭の持分詐欺も、旅館を巡る訴訟も、共通点がある。

いずれも、本人が認知症になった「後」に起きたということだ。

認知症になった後では、本人は自分を守れない。そして、法的な対策を講じることもできない。成年後見制度の申立てはできるが、時間がかかる。家族信託は本人の判断能力があるうちでなければ設定できない。

つまり、守るための行動は、親が元気なうちにしかできない。

成年後見制度——最後の砦

成年後見制度は、判断能力が不十分な人を法律的に保護する制度だ。家庭裁判所が選任した後見人が、本人に代わって財産管理や法律行為を行う。

成年後見制度が機能していれば、冒頭の詐欺事件では後見人が不審な契約を阻止できた。旅館の事例では、後見人が本人の意思を代弁し、不当な訴訟を防げた可能性がある。

ただし、成年後見制度には限界もある。

後見人の選任は家庭裁判所が行う。 親族が候補者になれるが、家庭裁判所が弁護士や司法書士などの専門職を選任するケースが増えている。全体の約8割が専門職後見人だ。

後見人への報酬が発生する。 月額2万〜6万円程度が目安とされる。年間で24万〜72万円。長期にわたれば負担は大きい。

一度始めると本人が亡くなるまで続く。 後見制度は途中で「もう必要ない」と辞めることが原則できない。

居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要。 施設入居のために自宅を売りたくても、許可が下りるまで数か月かかることがある。

万能ではない。だが、何もないよりは圧倒的にましだ。

家族信託——元気なうちの「保険」

成年後見制度の弱点を補うのが、家族信託だ。

家族信託とは、本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を委託する仕組みだ。本人の判断能力があるうちに設定する。

たとえば、父親が長男に自宅の管理を信託しておけば、父親が認知症になった後でも、長男の判断で自宅を売却して施設入居の費用に充てることができる。家庭裁判所の許可は不要だ。

家族信託のメリット:

  • 本人の意思を反映した柔軟な設計が可能
  • 家庭裁判所の関与が不要で、迅速に動ける
  • 不動産の管理・売却が後見制度より柔軟
  • 二次相続以降の資産承継まで指定できる

家族信託の注意点:

  • 本人の判断能力が低下した後では設定できない
  • 設定時に公正証書の作成費用、司法書士・弁護士への報酬が発生する(不動産を含む場合、50万〜100万円程度)
  • 信託契約の設計が不適切だと、意図しない税務上の問題が生じることがある
  • 受託者(管理を任された家族)の負担が大きい

旅館の事例に当てはめるとどうなるか。

もし父親が元気なうちに、旅館の運営権と財産管理を弟(実際に運営していた側)に信託していれば、兄がいくら父親をそそのかしても、旅館に手を出すことはできなかった。信託された財産は、受託者の判断で管理される。認知症になった本人の名義で不当な契約を結ばせることもできない。

子世代が今日からできること

「うちは大丈夫」——そう思っている人ほど危ない。冒頭の詐欺被害者も、旅館の家族も、自分たちが当事者になるとは思っていなかったはずだ。

以下は、今日から始められる具体的なアクションだ。

1. 親の判断能力を定期的に確認する

年に一度でいい。帰省したときに、以下のサインがないか確認する。

  • 同じ話を何度も繰り返す
  • 日付や曜日が分からなくなっている
  • 知らない人からの電話に簡単に応じてしまう
  • 通帳や印鑑の管理が杜撰になっている
  • 不要な契約(新聞、保険、リフォーム等)が増えている

2. 親の資産状況を把握する

どこに何があるのかを知っておく。

  • 不動産(自宅、投資物件、相続した土地)
  • 預貯金口座の一覧
  • 保険契約
  • 借入金・保証債務
  • 有価証券

「親の資産を聞くなんて失礼だ」という感覚は理解できる。だが、知らないまま認知症が進行すれば、守りようがない。

3. 家族信託の検討を始める

親が元気な今のうちに、専門家に相談する。費用は掛かるが、認知症になった後の成年後見制度よりもはるかに柔軟で、長期的なコストも抑えられる場合が多い。

4. 任意後見契約を結んでおく

家族信託と併用できる。判断能力があるうちに「将来、認知症になったらこの人に後見を頼む」と契約しておく制度だ。法定後見とは違い、本人が後見人を選べる。

5. 親族間の関係を冷静に観察する

不自然に親に接近している親族はいないか。金銭的に困窮している親族はいないか。親の通帳や印鑑に不自然なアクセスがないか。

身内を疑うのは気持ちのいいものではない。だが、旅館の事例が示すように、善意を前提にした無防備は、最悪の結果を招く。

「知らなかった」では済まされない

高齢化社会において、認知症は誰にでも起こりうる。2025年時点で、65歳以上の約5人に1人が認知症またはその予備群だ。

親が認知症になったとき、何も準備がなければ——

  • 不動産の売却ができない(成年後見人の選任を待つ間、施設費用が持ち出しになる)
  • 預金が凍結される(銀行が認知症を把握した時点で口座を制限する)
  • 悪意ある第三者に財産を奪われる(冒頭の事件)
  • 身内に財産を操作される(旅館の事例)

これらはすべて、事前の準備で防げる。

法律は「知らなかった」を守ってくれない。だが、知っていれば使える武器は確実にある。

親を守れるのは、子世代しかいない。

→ 関連記事: 10年前に聞いた「えぐい分筆で相続税を取り戻す」話を、宅建士になった今、検証してみたでは、相続対策としての分筆スキームを宅建士視点で検証している。家族信託や任意後見と並んで、元気なうちに検討しておくべき資産防衛の選択肢だ。


本記事は不動産仲介の現場での知見をもとに記述しています。個別の法律相談については、弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。当社の不動産サービスでは、高齢のご親族を含む複雑な売買案件にも対応しています。ご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引や投資判断に関する助言ではありません。具体的なご相談は、各分野の専門家にご依頼ください。

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