戸籍を捨てた経営者——中国富裕層と税務署の「仁義なき戦い」が日本の不動産市場に示唆すること
この記事でわかること
Q. 中国の富裕層はなぜ日本の不動産を買うのですか?
Q. 中国で戸籍を捨てるとどうなりますか?
Q. 中国当局の課税強化は日本市場にどう影響しますか?
戸籍を捨てた男
ある企業の経営者が税務署に呼び出された。
課税額は数億元。日本円に換算すれば数十億円の規模だ。
頭にきた経営者は、その場で戸籍を捨てたという。
中国の戸籍(户口)は日本の戸籍とは仕組みが違う。住居地や社会サービスへのアクセスに直結する制度で、放棄しても国籍が即座になくなるわけではないらしい。実際、パスポートは普通に使えるし、更新までできるという。
日本の感覚では到底理解できない。だが、中国では戸籍と国籍が必ずしも連動しない。富裕層にとっては、戸籍がなくても海外に生活基盤があれば困らない。むしろ、税務当局の「管轄」から外れることに意味がある。
まさに捨て身の反撃だ。
「払ったら終わり」ではない世界
この話を聞いた親族もまた、事業で成功した富裕層だった。同じように課税リスクを抱えている。
彼らは考えた。
「呼び出される前に、先に何億か払っておいたほうがいいのだろうか……」
先手を打って納税し、当局との関係を穏便に保つ。日本人的な発想ではありえる。確定申告をきちんと行い、税務調査が来ても問題ないようにしておく。それが「正しい」やり方だと教わる。
だが、経営者は即座に否定した。
「バカだな。一度払ったら、まだまだ出せると思われて、さらにたかられるに決まってる!」
税務署がまるでヤクザのように映る。まさに「仁義なき戦い」である。
日本の税務署にも厳しい一面はある。だが、法律に基づいて課税し、不服があれば審査請求や訴訟という道がある。ルールの中で戦える。
中国では事情が違う。課税の基準が不透明で、当局の裁量が大きい。「払える余力がある」と判断されれば、さらに追加で課税される。一度差し出したカネは、次のカネを呼ぶ。だから富裕層は、あらゆる手段を使って「払えない」状態を作ろうとする。
国家と個人の攻防。中国の格言がまさに当てはまる。
「上に政策あれば、下に対策あり。」
富裕層の資産防衛戦略
中国の富裕層が資産を守るために使う手段は多岐にわたる。
海外不動産の取得。 日本、シンガポール、カナダ、オーストラリア。私有財産権が強く保護され、政治的に安定した国の不動産は、中国富裕層にとって「金庫」のようなものだ。
家族の海外移住。 配偶者や子供を先に移住させ、その名義で資産を保有する。中国当局の監視が直接及ばない法域に、資産の「分散拠点」を作る。
事業のグローバル化。 海外に関連会社を設立し、正当なビジネス取引を通じて資金を移動する。これは違法ではないが、当局との間でグレーゾーンの攻防が繰り広げられる。
そして、戸籍の放棄。 極端な手段だが、前述のようなケースは珍しくないという。
これらすべてに共通するのは、「国家にすべてを把握されない状態を維持する」 という発想だ。日本で暮らしていると想像しにくいが、私有財産権が十分に保護されない国では、資産防衛は生存戦略そのものなのだ。
なぜ日本の不動産なのか
では、数ある「金庫」の中で、なぜ日本の不動産が選ばれるのか。
当社は都内の超高級物件を専門に扱い、インバウンド案件に強みを持つ不動産会社だ。中国をはじめとする海外の富裕層と接する中で、彼らが日本を選ぶ理由は明確に見えてくる。
第一に、法的安定性だ。
日本では、外国人でも内国人と同じ条件で不動産を所有できる。所有権は法律で強く保護され、政府による恣意的な没収はありえない。この「当たり前」が、中国富裕層にとっては極めて大きな価値を持つ。
第二に、円安だ。
人民元やドル建てで見ると、東京の不動産は世界の主要都市と比較して割安に映る。ロンドン、ニューヨーク、香港——同等クラスの物件が、東京では半額以下で手に入る場合がある。
第三に、税制の「穴」だ。
非居住者が日本の不動産を保有し、賃貸に出さずに空室のまま持ち続ける場合、負担は固定資産税だけで済む。賃料収入を得れば確定申告や税務調査のリスクが生じるが、「持つだけ」なら面倒が少ない。
「面倒だから貸さない」という外国人オーナーの行動原理は、怠惰ではなく合理的な計算の結果だ。
「仁義なき戦い」が日本市場に及ぼす影響
中国当局と富裕層の攻防は、日本の不動産市場にも確実に影響を及ぼしている。
買いの圧力。 課税強化を恐れた富裕層が「国内に資産を置いておけない」と判断すれば、海外への資産移転が加速する。日本の不動産はその受け皿だ。当局が締め付ければ締め付けるほど、逆説的に日本への資金流入が増える——そういう局面が、つい最近まで続いていた。
売りの圧力。 しかし、前回の記事で書いた通り、海外送金規制が同時に強化されている。カネを出したくても出せない。結果として、すでに日本に保有している不動産を売却し、現金化する動きが出ている。
買いと売りが同時に存在する。 この矛盾した状況が、市場を読みにくくしている。
さらに言えば、富裕層の中でも「レイヤー」がある。送金規制の影響を受ける層と、すでに規制の外にいる超富裕層。前者は撤退を余儀なくされるが、後者は逆にライバルが減った市場でチャンスを狙う。
不動産市場は一枚岩ではない。「中国マネー」と一括りにしても、その中身は複雑に層が分かれている。
日本人が学ぶべきこと
中国の戸籍を捨てた経営者は、単に「守り」に入ったわけではない。おそらく次の一手をすでに打っている。
香港、シンガポール、オーストラリア——相続税がない、あるいは極めて低い国や地域の永住権や国籍を取得すれば、膨大な資産を次世代に丸ごと残せる。資産規模が大きければ、投資永住権や投資市民権を提供する国は少なくない。中国の戸籍を捨てるのは「逃げ」ではなく、より有利な制度への「乗り換え」なのだ。
これは中国富裕層に限った話ではない。実際、資産を守るために香港の国籍を取得した「元日本人」もいると聞く。年間180日以上を日本国外で過ごし、税務上の居住地を移す。そこまでやる日本人がいるのだ。
一方で、大多数の日本人にとっては「税金は払うもの」「お上には従うもの」という意識が根強い。それは美徳でもある。法治国家の安定は、国民の納税意識に支えられている。
だが、自分の資産を守る意識については、日本人はもう少し敏感であっていいのではないか。
相続対策を先送りにして「負動産」を抱え込む。税制の変更に無関心で、知らないうちに損をしている。不動産を買うとき、契約書をろくに読まない。
国籍を乗り換えろとは言わない。だが、「自分の資産は自分で守る」という意識は、国籍を問わず大切なことだ。
おわりに——攻防は続く
中国富裕層と税務当局の戦いに、終わりはない。
当局が新たな規制を敷けば、富裕層は新たな対策を講じる。対策が塞がれれば、さらに別のルートを探す。この攻防は数千年の歴史を持つ中国の伝統芸とも言える。
その波が、東京の不動産市場にも押し寄せている。
不動産屋の立場から言えば、こうした動きを「外国人が買い漁っている」と感情的に捉えるのではなく、なぜ彼らが日本を選ぶのか、その構造を冷静に理解することが重要だ。
構造を理解すれば、次に何が起きるかが見えてくる。
国家と個人の攻防。政策と対策のいたちごっこ。その渦中で、東京の不動産市場は揺れ続ける。
不動産は情報産業だ。感情ではなく、ファクトで動く。
それが、この世界で生き残るための唯一のルールだと思っている。
本記事は不動産仲介の現場での知見をもとに記述しています。特定の国や民族に対する偏見を助長する意図はありません。不動産の売買・投資に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
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