中国の海外送金規制から間もなく1年——東京の不動産市場で何が起きたか
この記事でわかること
Q. 中国の海外送金規制とは何ですか?
Q. 中国の送金規制は東京の不動産市場にどう影響していますか?
Q. 今後、東京の不動産価格は下がりますか?
あれから、間もなく1年
昨年の春頃から、異変が起き始めた。
中国が海外送金を締め付けた。香港も本土同様の規制だ。
マネーが来ない。
あれから間もなく1年が経つ。当時、私はLinkedInにこう書いた。「今年に入って異変が起きている」と。あのとき感じた違和感は、1年かけて現実になった。
振り返ってみれば、変化は段階的に進んだ。最初は「少し静かになったな」程度だった。それが半年、1年と経つうちに、市場の景色が明らかに変わった。
何が起きたのか
中国には以前から個人の海外送金に年間5万ドルの上限がある。だが、これまでは抜け道がいくらでもあった。親族名義での分散送金、地下銀行、暗号資産、貿易取引を装った資金移動——富裕層は知恵を絞り、カネを国外に出してきた。
2025年、その抜け道が一斉に塞がれた。
とくに大きかったのが、香港の規制強化だ。かつて香港は中国マネーの「出口」だった。本土から香港に資金を移し、そこから日本やシンガポール、カナダに投資する。その流れが、本土並みの監視体制の下に置かれた。
香港では「大富豪夜總會」が復活したと思ったら即閉店した、という話を耳にした。海外送金の抜け道に使われたらしい。当局の取り締まりは、それほど徹底している。
この1年で東京の不動産市場に起きたこと
1年前、変化は「兆候」だった。今は「事実」になっている。
中国人の内見が消えた。
以前は週末になれば通訳を連れた中国人バイヤーが物件を見に来ていた。「言い値で買います」と即決する人もいた。それが、いなくなった。問い合わせはゼロではない。だが、内見に来ない。来ても決めない。
即決が消えた。
かつて中国人バイヤーの最大の武器はスピードだった。気に入れば即日申し込み、すぐに契約。決済は通常1か月以上先になるが、彼らの資金は海外から送金されてくる。その送金が止まった。加えて、中国本土の景気低迷も無関係ではない。買いたくても送金できない。そもそも買う余裕がなくなった。二重の圧力が、あの勢いを完全に止めた。
業者が在庫を抱え始めた。
これが、この1年で最も象徴的な変化かもしれない。
中国人に人気だった物件を、再販を当て込んで仕入れた業者がいる。都心の低層マンションなど、中国人バイヤーが好んだ特定の物件だ。彼らは「中国人が高値で買ってくれる」という前提で在庫を積んだ。
その前提が崩れた。
買い手が来ない。抱えた物件が重荷になり始めている。業者同士の会話で「うちは○戸買った」という話が出る。自慢なのか、愚痴なのか、よく分からない。いずれにせよ、余裕のある発言ではない。
レインズに超高級物件が並び始めた。
未公開で静かに売れていくはずだった物件が、業者専用の不動産流通システムであるレインズに掲載されるようになった。つまり、水面下では売れなくなったということだ。広く市場に出して買い手を探さざるを得ない。
未公開物件がレインズに載る。この意味が分かる人には、市場の空気の変化が伝わるはずだ。
値下げの表現が変わった。
昨年までは「価格改訂」と書かれていた。柔らかい表現だ。それが今年に入って「値下げ」と直接的に書かれるものが増えた。
言葉遣いの変化は、売主の心理を映している。「価格改訂」は余裕がある。「値下げ」は切迫している。
しかも、以前とは質が違う。1棟収益物件やタワーマンションが、価格帯に関係なく値下げしている。数千万円の物件も、数億円の物件も。売主が強気のまま市場に出し、数か月経っても売れずに値下げする。そのサイクルが短くなっている。
ただし、今は年度末だ。決算対策として価格を下げるケースも当然ある。この値下げラッシュが構造的なものか、季節的なものかは、4月以降の動きを見なければ判断できない。
馬が逃げてから厩の戸を閉める
昨年の夏頃、日本政府は「外国人による不動産取得の規制」や「空室税」の検討を始めた。
遅い。
あまりにも遅い。
中国マネーが東京の不動産市場に本格的に流れ込んだのは、2015年前後からだ。あれから10年以上が経ち、すでにマネーの流れが細り始めてから、ようやく規制の議論が始まった。
馬が逃げてから厩の戸を閉める。まさにこれだ。
そして今、その規制の話すら聞かなくなった。外国人の購入意欲が明らかに下がっているのだから、規制する必要性そのものが薄れたのだろう。皮肉な話だ。規制が必要なときには動かず、不要になった頃に検討を始め、そして静かに立ち消える。
40年前のバブル崩壊後も同じだった。不動産価格が天井知らずで上昇していた1980年代、投機的な取引を規制する声はあった。だが、実際に総量規制が導入されたのは1990年。バブルはすでにピークを過ぎていた。規制が引き金になって急落した、という見方すらある。
規制は常にタイミングが遅れる。政治は「今、困っている有権者」には反応するが、「5年後に困るかもしれない構造問題」には動かない。問題が顕在化してから対策を打つ。そのときにはもう、流れは変わっている。
歴史は繰り返す。ただし、いつも手遅れのタイミングで。
中国マネーが引いたあとに見えてきたもの
1年前、「中国マネーが引いたらどうなるか」は推測でしかなかった。今は、答えが見え始めている。
市場全体は崩壊していない。
東京の不動産市場を支えているのは中国マネーだけではない。円安による海外投資家全般の需要、国内の低金利環境、インバウンド需要によるホテル・商業施設の活況、そして東京という都市そのものの集積力。これらの要因は依然として健在だ。
だが、濃淡は明確になった。
中国人投資家の比率が高かったセグメント——湾岸エリアのタワーマンション、都心の一棟収益物件、特定の超高級物件——では、調整が進んでいる。売り物件が増え、買い手が減り、価格が下がる。教科書通りの需給調整だ。
逆に、国内の実需に支えられたエリア——ファミリー層が住む郊外の戸建て、駅近の中規模マンションなど——への影響は、予想通り限定的だった。
結局、「東京の不動産が下がるか上がるか」という問いは雑すぎる。どのエリアの、どの価格帯の、どういう属性の物件が、どう動くか。それを見なければ意味がない。
不動産屋の現場から
正直に言えば、現場はまだ動いている。
取引はある。問い合わせもある。すべてが止まったわけではない。
だが、1年前と比べれば、空気は確実に変わった。
当社が扱う未公開の超高級物件については、影響は限定的だ。この価格帯のバイヤーは中国本土からの送金に頼っていない。すでに日本国内に資産基盤を持っているか、別のルートで資金を確保している。超富裕層は、一般的な資本規制の枠組みとは別の世界で動いている。
しかし、市場全体のセンチメントは変わった。不動産は心理のビジネスでもある。「まだ上がる」と皆が信じている間は上がり続け、「そろそろ危ない」と感じ始めた瞬間に潮目が変わる。
1年前、「潮目の変わり目かもしれない」と書いた。
今、それは確信に変わりつつある。
おわりに——歴史から学べること
40年前のバブル崩壊を経験した世代は、「あのとき」の空気を覚えている。「まだ大丈夫」「東京は特別」「地価は下がらない」——当時も、根拠なき楽観論が蔓延していた。
1年前も似たような声が聞こえていた。「円安だから外国人が買い続ける」「東京は世界で一番割安」「まだ上がる」。
もちろん、今と40年前では状況が異なる。当時のような過剰融資は起きていないし、実需に支えられている部分も大きい。だから、バブル崩壊の再来だと煽るつもりはない。
ただ、外部環境の変化を軽視する姿勢は、いつの時代も危険だ。
中国の送金規制が始まって間もなく1年。一時的な混乱で終わるのか、構造的な転換の始まりなのかは、まだ分からない。分からないからこそ、冷静に観察し続ける必要がある。
不動産は情報産業だ。数字とファクトで判断し、感情に流されない。
それが、プロの仕事だと思っている。
→ 続編: 戸籍を捨てた経営者——中国富裕層と税務署の「仁義なき戦い」が日本の不動産市場に示唆することでは、送金規制の裏側にある富裕層と当局の攻防を掘り下げている。
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